SM観
清閑な顔からは想像も付かないほどの淫声をあげる
お互いが歪んだ性癖を解放させ合い
人間としていちばん恥辱な部分を見せ合う
日常の社会生活では触るわけにはいかない変態的嗜好
SMは本当の姿を曝け出すことの出来る二人の空間
強い信頼関係・絆がなければ出来ない行為
形ではなく二人で作り上げる世界だと思います
SM(セックス)をすることで
パートナーとより深い関係を築き合いたい
それを乗り越えた先にある強い心の絆を求めます。
プレイはそのための一つの方法(儀式)に過ぎません
双方の心と身体が通じ合うこと
同じ方向を向いていること
心と身体が感じること
心と身体が満たされること
心と身体がひとつになれるSM・SEX
そんな条件の元でのみ
プレイとしてのSMを好みます、
肉体的快楽だけを求めるSMは求めません。
だからこそ奴隷としてではなく、
パートナーとして信じ合える相手と・・・
主が奴隷を拘束して苦痛を与える姿や苦痛を受け入れる奴隷の姿
SMは関心の無い人達がその表面だけを見てしまえば
「あなた達の性はおかしい・異常だ」と感じることでしょう
しかし二人にとっては心と身体を開放し合い愛を育くむ大切な行為
二人だけが理解出来ればそれでいいい
二人の間でなければ通用しない世界
第三者に理解を求めるものではない
愛・絆・羞恥・屈辱・苦痛・精神・肉体・服従・信頼・主従・支配
奉仕・露出・複数・公開・罵倒等々
性格が違うようにSMに求めるものは人それどれ、多種多様です
これが正しいSM、これが間違ったSM、というものでもありません。
自分の嗜好に見合う相手と、想いの通じる相手と向き合う、
恋愛関係・人間関係と同じですね
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| SM観 | 00:01 | comments:14 | trackbacks:0 | TOP↑
ataruさんが全部書いてくださってること、全部そうだと思います
付け加えることないです
いいお尻ですよね~
| ひなこ | 2007/07/22 08:33 | URL |